前日譚
朝日を浴びる池の平 |
俺は故あって今までに水窪を2度訪れたことがあり、どちらのときも大変楽しい時間を過ごせたのでとても好きな街なんですが、前から再訪したいと思う理由がありました。それが今回お伝えする池の平です。
池の平というのは地名でもあるんですが、より具体的には「7年に1度山中に池が現れる」という現象を指す言葉でもあります。これは遠州七不思議の一つに数えられ、伝説的な謂れが多い中で実際の現象を伴う珍しい怪異とも言えます。
前回の登場が2010年(または2011年)であり、7年に1度ということから言えば次は2017年(ないしは2018年)ということになりますがどうも近年は間隔がずれており既に7年を過ぎているが現れたという話が一向に聞こえてこない。
そのため、現れるのはだいたい夏前後ということなので毎年春になるとTwitterで情報提供を呼びかけていました。(あとGoogle Alertで「水窪 池の平」という情報が新たに出ると通知されるようにしてる)
それでも特に進展がないまま数年経ってたのですが、今年ちょっと目新しい情報が出てきました。それはデイリーポータルZで紹介された以下のブログです。
これは2010年のときの話ですが、今までのネット上の情報のように曖昧な書き方をせず、非常に具体的かつ詳細なレポートがされている。
このブログ記事をツイートで紹介しました。
そうしたところ2020年07月15日(水)にとある方からTwitterにDMで「本日池の平に行ってきました(池があった)」とご報告を頂きました。どうやらその方は上記のレポートを読み、そこからある推測を行い、「今池の平は出ているのでは?」と予想し、行ったところ実際に出ていたということのようです。自分としては人の報告を待ってから現地に向かうということしか考えていなかったので、遠隔で登場を予想する手段があるとはまったく予想外でした。
そしてその方によるとその時点で満水で深さは背丈ほどということでした。過去の記録によると1日20センチほどで減少していくということなので1週間は持つのではないか、と考えました。個人的な事情で今年は有給が残り少ないのでなるべくなら平日に休まず土日で行きたかったんですよね。このペースなら土日でも間に合いそう(ついでに木金と雨が降りそうなので、それで減少ペースが鈍化する期待もあった)なので週末に行くことにしました。
交通手段
車を持たない俺は水窪まで電車でいくしかない。関東からだと新幹線で豊橋まで行き、そこで飯田線に乗り換えます。少し前の豪雨で飯田線に不通区間が発生しているんですが水窪までは各停がある(特急は運休中)ので水窪の一つ手前の向市場駅まで行きます。
なお2020年7月27日現在でも飯田線の水窪〜平岡間は運休中であり、復旧は夏以降になる見込みです。
かつ水窪と浜松を結ぶ主要道路である国道152号線も土砂崩れの影響で片側通行になっている区間があり、時間によっては50分待ちになる場合もあります。
帰りにフォロワーと合流し乗せてもらった車内より |
これらの状況は後で述べる予想と関係してきます。
登山道
メインの登山道は水窪橋の交差点から後河内川沿いの林道を少し登った先になります。
ここまでは林道は激狭いということはないですが広くもないので路上駐車はできないと思ったほうが良いです。近くだと水窪総合体育館の駐車場が広いように思いますが使えるのか確認はしてません。車で行く人は林道に入らず手前で駐車スペース探したほうが良いと思います。住民の邪魔にならないようご注意ください。
登山口 |
登山口にははっきりとした看板が建てられているので見逃すことはないでしょう。これから先の道は山に生きる会の方々が整備されているようですが、遊歩道ではないので登山の準備が必要です。また、俺は機材を色々持っていったこともあって荷物がかなり重かったんですが、到着にきっちり2時間以上かかりました。荷物少なくても山道に慣れてないなら2時間〜2時間半は見ておいたほうが良いです。なるべくならここの登山ノートに記入しておきましょう(といいつつ鉛筆を持ってなくて俺は記入しませんでした)。
ヤマビルとの戦い
友人の足に食いつくヤマビル |
そしてこの登山道は異様にヤマビルが多いです。関東だと丹沢山系なんかでヤマビルが多いことで有名ですが、そこの数倍はいる感じがします。ヤマビルって元気だとゆっくりうねうねではなく素早くぴょんぴょんと飛び移ってくるんですよ。
ヤマビルがいるという情報はもらっていたのでヤマビル忌避剤は買っていきました。これはかなり効きます。靴にかけておくと登ってきても途中で落ちていきます。ただそれでもものすごく数が多いので、一度二度はやられる覚悟をしておいてください。俺は気づかないうちに腰に張り付いていたようで下山後に見たら腰が血まみれになっていました。
なおヤマビルに吸われても基本的には血がしばらくたらたら流れるという以外は大きなトラブルはありません。しかしどうしてもヤマビルにやられたくない、触りたくない、という場合は池の平を諦めたほうがいいでしょう。池の平を見なくても死にませんし。
ところでヤマビル忌避剤の主要成分はディートのようです。ディートと言えば通常の虫除けスプレーの成分でもある。どうやら濃度が違うようですが、もし専用のヤマビル忌避剤の購入ができなかったらディート入りの虫除けスプレーでも代用は可能だと思われます。あと水窪橋にある水窪路の里というお土産屋でもディート不使用のヤマビル忌避剤を販売していました。
携帯の電波
俺はドコモ回線の楽天モバイルユーザーですが、池の平峠近くまでは微弱ながら4Gが入りました。峠を越えてちょっとの間は3Gが入りましたが、池の平周辺では繋がらなかった。auは可能性ありますがSoftbankは難しいと思ったほうが良いでしょう。必要な連絡は林道に入る前に済ませておくことをおすすめします。
池の平との出会い
奥に新池が見えている |
汗をダラダラ流しながら峠を越えたらあと少しです。座って休憩したいがヤマビルのことを考えると座れない、という矛盾。峠から10分ちょっと下ると池の平の看板があります。(池が出ていれば)看板の奥に池が見えるはずです。
上記水窪観光協会のサイトにある概略図を見ると、池が新池と元池に分かれているのが見えると思います。この看板が出ている場所は新池にあたります。新池がいつから出るようになったのか、といったことはわかりませんが、実は元池のほうがかなり規模が大きいです。
元池
池の平 元池 |
新池の看板から5分ほど下ったところに元池があります。元池のほうは規模が大きく、深さもかなりある。中心の水深は自分が見たときで2m以上はあったのではないかと思います。しかし実を言うとというか、池の平周辺の山は杉の植林が営まれている人工林です。そして元池のほうがなんとなく「人工ぽさ」が強いんですよね。なので新池が先に消えていたとかせっかくなのでってことであれば元池も見ると良いですが、もし元池の方を見忘れたってことでも新池を見てれば悔しがることはないかと思います。
なお俺のライフワークである日本山岳水泳協会の活動のため水着を持っていって入ったんですが、水温はほどほどで激冷たいってことはなかったです。1分くらいなら平気。ヤマビル対策のためきちんと脱衣用のシートもサンダルも持っていきました。完璧。
ドローン(Mavic mini)を持っていって撮影しました。池の平をドローンで撮ったのはもしかしてこれが初めてかもしれませんね。しかし森の中でGPS信号が捕まらず、Mavic miniは近接センサーがついてないため流されて木に激突しあえなく水没させてしまいましたw 池の平にドローンを水没させたのも俺が初めてかもしれません。なんとか回収できたので保険で交換する予定です。水着持っていってよかった。
新池
新池がいつから現れたのかはわかりません。しかし新池はシダが多く沈んでいて、自然林ぽく見えるんですよね。Twitterで「もののけ姫っぽい」というリプライを多くもらいましたが、そういう雰囲気は断然新池のほうです。ただ新池は少し浅い上に西側に出口があって、これ以上水が増えたとしてもそこから流れ出ていってしまいます。そのためおそらくはいつも新池のほうが先に消えるのではないかと思います。
発生のメカニズム
さて池があることは実際に確認できたわけですが、どうして池の平は現れるのでしょうか。前述の週末大冒険のサイト含め、いくつかのサイトで検討されているが共通である予想は「雨水か湧き水である」という予想だ。これはまあ当然で、山の上にあって川が流れてないのだから水の由来は雨以外にない。あとは雨が直接溜まったのか、一度地中に潜ってそれが湧き出てくるのかってことでしょう。
ここで実は観光協会に電話した時に少し興味深いことを聞いたのでお伝えします。地主の方曰く「本来の池の平は雨に関係なく湧いてくるもの、雨水が溜まるってことはままある」らしい。その言葉を鵜呑みにするなら、今回の池の平は明らかに雨水が直接溜まったもので湧き水ではない。
しかし水がいきなり地中に発生するわけもないので水が雨によることは間違いない。となると、以下の図のようなことが考えられないでしょうか。
普段は雨が降っても土中に浸透していくため池は発生しません。
しかしかなりの雨が降ると浸透力を越えるため水が表層に溢れ池が発生します。これが今回の発生です①。
そして染み込んだ大量の雨水はしばらく経ってから下に湧いてくるため「雨が降ってないのに池が出現」します。これが本来の池の平です②。
ネット上の情報でも「降雨後一月ほど経ってから現れる」という記述を見ることができ、この考えと一致します。
では7年に一度、という間隔についてはどう考えるべきでしょうか。この点に関して俺は週末大冒険の意見と同じく「民俗学的な伝承である」という立場です。実は以前から「本当は雨が降ったら出てるけど、誰も見に行ってないのでは?」という予想はしていました。そして実際いってみて、現地は杉林の人工林とはいえ常時人が立ち入るような場所ではないことが確認できました。人気の登山ルートではないし、ましてや雨が降ったら誰も近寄らないでしょう。数日間以上1人も入山しないときなんてザラにあるはずです。となれば、出現したとしても気が付かれないという可能性は高いでしょう。
もちろんこれは俺が勝手に考えたずぶの素人の根拠のない意見であり、絶対これが正しいと主張するつもりは毛頭ありません。ただ、ウェブにある情報や今回現地でみた環境を考慮すると、そういったことも考えられるのではないか、という話です。
今後の発生予測
さて以上のことを踏まえますと、実は2020年7月27日(月)現在、再出現している可能性もあると思っています。なぜなら7月25日、26日と水窪ではかなりの降雨があり、それによってまだ乾ききっていなかった土壌から水が溢れているのではないか、と考えられるからです。
そしてもう一つ、たっぷりと水を吸った山は今後一ヶ月かけて濾過し水を吐き出します。それが十分な量であれば、8月中旬〜下旬にかけて真・池の平が登場するかもしれません。
現地へ向かうときの注意事項
池の平自体の話は以上なんですが、向かう時に注意してほしいこと、お願いがいくつかあります。
まず今年に関しては新型コロナウイルスの感染予防の観点から現地では数少ない飲食店が営業自粛、または短縮しています。観光協会も公式に案内はしていません。そのため、必要な準備は地元で揃えてから行くほうが良いでしょう。
そしてとても大事なことですが、飯田線に運休区間があったり国道152号線が土砂崩れを起こしているように、池の平が現れるということは豪雨のあとであって、山も道が緩んでいるということです。自分が歩いたときも崩れかけている箇所がいくつもありました。あの後も雨が続いたことを考えるとさらに崩れている可能性もあります。登山経験がない人が向かうにはハードルが高く、ましてや単独で入るのはかなり危険であると思ってください。3000mのアルプスより、ひと気のない低山のほうが遭難リスクは高いです。滑り落ちても誰も通らないし、携帯は繋がらないかもしれません。
こんな箇所がいくつもあります |
注)2020年7月26日の大雨では水窪地域に土砂災害の警戒レベル3が発令され、2020年7月27日現在も警戒レベル2が継続しています。
個人的には今すぐ向かうより、状況が諸々整うと考えて一ヶ月後の登場を期待するほうをおすすめします。
そして水窪という街自体とても良い場所なので、街の雰囲気も楽しんでもらえたらと思います。
なお朝は山で日が遮られているのでモヤに日が差し込むのは少し日が昇ってからです。明るくなってから登り始めても十分モヤに間に合うと思います。 |
<追記> 池の平の未来
Google Mapsの衛星写真で見るとわかるんですが、池の平の北側にあるボンガ塚という山と南側の方に林道が伸びています。
実は何年か前にこの南側の林道を友人の車で行けるところまで行ったことがあるんですが、舗装したかなり立派な林道を作っていました。この感じからするとどうも北の林道と南の林道をつなげるつもりなんじゃないかなって気がします。もしそうなれば確実に池の平のそばを通ることになり、池の平へのアクセスは簡易になるでしょう。そうなったら「行くのが困難な幻の池」ではなくなるし、もしかしたら毎年池が出るときがあるって判明することになるかもしれません。
そうなったとしたらそれはそれで受け入れるしかないわけですが、俺としては幻と言われるうちに見ておきたかった、という気持ちもありました。なので、また池の平を見に行くことはあるかもしれませんが、幻を追いかけた日々は終わった、という気持ちです。
完