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2025年10月5日日曜日

2024-10-28 ネパール・エベレストトレッキング16日目 ベンカー〜ルクラ 17日目 ルクラ〜カトマンズ


普段朝食は7時からということだが、早めに空港について明日の飛行機をリコンファームしたいのでお願いして6時にしてもらった。サンドイッチ。宿代は3050ルピー。ほんとナムチェより下は安いな。6時半出発。

ポーターが床屋の椅子を運んでいた。

ルクラの手前で、ドラグナグから何度も会っていた中国カップルと一緒に撮影。彼らはルクラの先まで行って、カトマンズまでジープで行くらしい。頑張れ。

この日はやたらと日本からのツアーとすれ違った。日本のツアーは10月末が多いのかな?


12時、ルクラに到着。とりあえずロッジにチェックイン。なるべく古そうなロッジを選んだんだが、売店の人に聞くとここが一番古いんじゃないかってことだった。やったね。

空港にある航空会社のカウンターでリコンファームしようとしたら、3時からだと言われ、3時すぎにいったら紙の上にある名前に丸をつけてくれて、それでリコンファーム完了。



ルクラの階段。


ルクラで髪を切ってもらった。ネパール成人男性っぽくしてほしかったで隣の男性みたいな感じでいって言ったらだいたい伝わった。ただ、俺は髪を切るだけでよかったのだが無理やりマッサージをつけられ、それがかなりドカンドカンと叩くマッサージで大変だったうえに高かったわ。ちょっとボラれた感がある。髪型自体はけっこうよかった。

封筒がほしかったので文房具店で封筒を1枚買ったら20ルピーだった。他の物価から考えて封筒1枚で20ルピーはけっこうボラれてる気がする。

晩ご飯は、ルクラまで帰ってきたら食べようと思っていたヤクステーキ。ワイルドな味わいで美味しい。実はこの日の昼にルクラのカフェに入ったのだがヤクステーキがなくてヤクハンバーグだった。それも美味しかったがやっぱハンバーグとステーキは別物だよね。彼女はシズラーというステーキありのプレートを頼んで、それが美味しいと感動していた。

トレッキング中はお酒飲まなかったんだけど、最後なので地酒であるチャーンを頼んだ。地酒というか家庭で作る酒なのであったりなかったりする。俺が頼んだら「あったっけなー?」みたいな感じで奥に入って持ってきてくれた。爽やかで美味しかった。

彼女は咳がおさまってきたが、俺はむしろルクラに近づくにつれだんだん咳が出るようになった。

2024-10-29 ネパール・エレストトレッキング17日目 ルクラ〜カトマンズ

朝ご飯は卵入りワイワイヌードル。何も言ってないのに箸をつけてくれた。ワイワイは少し辛いが食べれないほどではない。

ヤクステーキ食べてるのに宿代は2820ルピー。

行きは気が付かなかったがルクラ空港にはなんと無料のウォーターサーバーがある。トレッキングしたあとだとお湯が無料!!と感動する。

カトマンズ行きの飛行機は2時間遅れで出発。

空港の外でタメルまでのタクシーに乗ろうとしたが、乗り合いは他の客が捕まるまで出ないっぽい。ちょっと疲労してたので10ドルならすぐ出るっていうので10ドル払うことにして出てもらった。でももちろんこれはけっこうボッタクり価格だ。タクシーアプリ入れていればそういうことはない。良くないのはわかってるが、疲れてたんだ。

どう見てもFUKUOKAではないサイネージ

カトマンズでは知人に手配してもらった適度な値段の快適なホテルに宿泊。超久しぶりに熱いシャワーを浴びる。ああー気持ちいいー

タメルで散策してるとおじいさんに日本語で話しかけられ店に連れて行かれたが曼荼羅を高く売るボッタクり商売のようだ。ネパールは大きな犯罪はないけどこういう小銭を稼ごうとするボッタクリはかなり多い。要らない要らないと言い断った。

ネパールの旅日記はもう少し続く。

2024-10-27 ネパール・エベレストトレッキング15日目 ポルチェタンガ〜クムジュン〜ナムチェ〜ベンカー シェルパの少女との再会

 

朝食を食べるために6時に食堂に降りたらまだポーターたちが寝てた。6時半頃やっと起きて俺らの朝食が用意された。


食べ物がカレー風味っていうのはよくあることだが、ここのシェルパシチューはあまりにカレー味で、というかほとんど日本の家庭カレーだった。宿代は5650ルピー。スマホ充電が800ルピーと高め。WiFi 500ルピーはAirlinkではなく、宿独自のWi-Fiだった。速くはないけど使えたように記憶している。7時出発。

ネパール、エベレストトレッキングルートはどこでも野良犬が多い。みんなだいたい大人しく人懐こいのだが、このワンコは特に人懐こい上に俺らのことがとても気に入ったようでずーっとついてきた。

ルート上にカモシカみたいな動物がいた。今回唯一みた野生の動物。(いや、ヤクも一部野生がいたのだろうか?)

ワンコと一緒に登っていく。あまりに近くて足で蹴ってしまうこともしばしば。なのに嫌がらない。ルート上でたまに犬に関する注意があって、ついてきても無視しろ、興味をなくして離れていくって書いてあるけどこのワンコは全然興味なくさないんだが。


8時半、モンの集落。めちゃくちゃ景色がいいところにある。ロッジも5軒くらいあった。あとでルクラで話をしたら、モンは最近までそんなロッジなかったらしく、ガイドや地図にも宿泊地として載ってないこともある。でもここは今回見た集落の中で一番すごい場所なので、調整できる人はここで宿泊するのをオススメする。

下に行きで通ったサナサを見ながら、クムジュンに直接向かう道を歩く。単独、ノーポーターノーガイドの女性トレッカーがいた。強い。

9時45分、クムジュンに到着。

カメラ目線

帰りのフライト

スマホとにらめっこしてるのは、前日カトマンズにいる知り合い(会社のネパール人同僚の兄)に「ルクラからカトマンズへの直通便は空いてないだろうか」と相談したところ「今から取るのは難しいと思うが旅行会社に掛け合ってみるから待っていてくれ」と言われ、その連絡を見ている(クムジュンは携帯の電波が入る)。その結果、なんと2日後にルクラからカトマンズまでの直通を押さえてくれた。これでラメチャップ空港に行かなくてもよくなった。

例年であればラメチャップに昼についてそこからバスで数時間でカトマンズに戻れるのでラメチャプ経由でも問題ないのだが、2024年秋は洪水被害の関係でラメチャップからカトマンズまで遠回りするから8時間かかると言われている。できればそれを回避したかった。

シェルパの少女との再会



行きのときにお茶をいただいたシェルパの家にまた立ち寄って挨拶をする。日本のものがあるよと見せてくれたのがモンベルの傘だった。彼女がたまたま別カラーのモンベルの傘を持っていたので、親子でペアで使ってもらおうとプレゼントした。それとインスタントの味噌汁。帰るときにシルクのマフラーをくれた。帰路の無事を願うものらしい。

そしてパサン・シェルパのロッジにいって、大沢茂男の「ヒマラヤで泳ぐ」を寄贈してきた。国旗に書かれた大沢氏のサインを見ると2011年元旦とある。大沢氏のヒマラヤ遊泳は遠い昔の話ではなく、けっこう最近まで続けられていたのだ。元旦に。ちょっとおかしい

12時前にクムジュンを出発。

クムジュンからナムチェに下る。上から見るとナムチェのすり鉢具合がよくわかる。すごい。


ナムチェの入口にある金網でワンコと別々になった。朝からずっと一緒にいて少し名残惜しいが、さすがにこれ以上は一緒にいけないのでここでお別れだ。途中聞いた話ではこのワンコはナムチェのクリニックにいつもいる犬ではないか、ということだった。それならば家への帰りを付き合ったことになるな。

ヤギを背負ってるポーターがいた

ヤクとポーターに敬意を


チュモア近くの売店でローカルアップルジュースを購入。リンゴ農家であった大沢氏は「ヒマラヤで泳ぐ」の最後にこれからヒマラヤでリンゴを育てたい、そのために日本からリンゴの苗木を持っていくつもりだと書いてある。また、大沢氏が後年リンゴと桜の苗木を持っていっていたという話もブログで読んだことがある。そしてチュモアは大沢氏由来と思われる桜がある場所。それからすると、このアップルジュースのリンゴが大沢氏の苗木(の子孫)であった可能性は高いように思う。

午後4時45分、ベンカーに到着。最初はパクディンまで行くつもりだったのだが、クムジュンなどで思ったよりゆっくりして時間が遅くなったのでベンカーで宿泊することにした。声をかけてきたおじいさんのロッジにしたがけっこう新しくて快適なロッジだった。晩ご飯は多分ヒマラヤで最後になりそうなダルバート。ナムチェより下は水力発電の電気があるので普通に充電させてもらえる。

2024-10-26 ネパール・エベレストトレッキング14日目 ゴーキョ〜マチェルモ〜ポルチェタンガ ゴーキョレイク入水

 
朝ご飯はララヌードル。ミネラルウォーターを買っても5400ルピーだった。6時半出発。

ゴーキョを振り返る。ゴーキョ湖はIからVまであり、ゴーキョがあるのはゴーキョレイクIII。湖に写っているのはチョ・オユー。8000m峰の中では一番登りやすいと言われていて、確かに稜線があまりきつくなくあれなら俺でも登れるかも…?と思ったりする。絶対登れないけどね。

ゴーキョレイクIIもまあまあな大きさ。

ゴーキョレイクIは一番小さい。というかほとんど淵というくらいのサイズだ。


「ヒマラヤで泳ぐ」で「ドード・ポカリ湖」と書かれているのは地形的に今のゴーキョレイクIIIだと思われる。しかしIIIは現在入るのが禁止されているので、大沢氏を偲んでゴーキョレイクIに入水。

めっちゃ槍ヶ岳っぽい山があって、たまたま槍ヶ岳Tシャツを着ていたので記念撮影。これ見せたら槍ヶ岳だって思う人多いでしょ。

昨日からずっと河童の帽子を被ってるようにしたら、Cute! Nice!ってよく声をかけらえて、写真一緒に撮ってと言われる。たまーにKappa!とも。ただ、フェイスマスクしてると声かけられるけどフェイスマスクしてないと声かけられる頻度が激減する。ひげのおっさんではだめらしい。


あまりに神々しいヒマラヤの階段。

無理やりだけど、河童橋から奥穂〜吊尾根を眺める風景のオマージュ。

11時前、マチェルモのロッジでお昼ご飯。ダルバートなんだけどスープにパクチーが入っていてめっちゃ美味しかった。ご飯炊くところからだったので時間はかかった。

午後2時、ドーレ。普段の行程的にはここらへんって感じだけど、明日、明後日の予定を考えるともう少し進んでおきたいのでドーレは通過。

対岸にもルートが見えるが、さらにそのずっと下にも家が見える。あそこに住んでいたら、一番近い集落にいくのにすら半日かかるし家にはもちろん電気もないだろう。しかし俺は都市での生活で何を得て何を失ったのだろう。歩きながら何度もそんなことを考えた。

軍のチェックポイントを通過し、午後4時にポルチェタンガに到着。ポルチェタンガはロッジ数軒の小さな集落。部屋が空いてるか聞いたら1部屋だけ空いてるというのでチェックイン。危なかった。

団体が数グループいて賑やかだった。暇つぶしにビニール紐であやとりしてたら隣の人にガン見された。充電がかなり心許なかったので、特別料金でいいからモバイルバッテリーを充電させてもらえないか頼んだが不可で、でもスマホ充電はお願いできた。それでなんとか翌日夜まで持たせよう。
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