4月8日の土曜はどこか近場で桜の写真でも撮ろうかなーと思っていた金曜の午後に父親から電話がかかってきました。なんでもiPhoneのアップデートをしたらパスコードが解除できなくなった、とのこと。実はこれ前もやったことがあって、そのときは自分が実家にいたのでPC使ってあーだこーだしてリカバリ、復元したことがあるんですよね。
でも今は実家にいないし、Apple Storeやドコモショップのひとはそんなことまで面倒見てくれない。初期化するしかない、で終わり。父親はもう仕事してるわけじゃないからとりあえずiPhoneを送ってもらってこっちで復元してから送り返そうかな、という話をしていたところ後ろにいた母親が「土日で名古屋に帰ってくればいいじゃない。交通費出すから」と言いだした。ちょっと迷いましたがこの誘いに乗ることにしました。
そして二日間名古屋にいてももったいないので片方は鳥羽の島を巡ろう、と決めました。その時の天気予報では土曜が晴れで日曜が雨だったので、土曜の朝一で新幹線に乗って豊橋までいき、
豊橋(渥美線)三河田原(バス)伊良湖岬(神島観光船)神島
の経路で神島に行く予定だった。これでも神島には10時過ぎに着くことができる。ところが夜になると天候が前倒しになって土曜雨、日曜晴れの予報に。そこで日曜に名古屋にいって父親のiPhoneを復元し、土曜の朝から鳥羽に向かうことになった。
名古屋から鳥羽に向かうとき大事なのは近鉄5:30発の鳥羽行き快速7:25着に乗ること。これを逃すと次の特急を使っても鳥羽に着くのが8:06になって、7:40の神島行きはもちろん8:10の坂手島行きにもギリギリ間に合わない。余裕があれば前日に伊勢あたりで泊まって6時に鳥羽にくればもっと早いフェリーに乗ることもできる。前回神島に行ったときはそうしました。伊勢周辺にもいい階段あるしね。
ということで始発の快速に乗ったんですがここで不測の事態が…
雨はかなり止んできてるんだけど、濃霧で電車が速度を落とすほど。これは船が出ても予想より時間かかるかも…と思っていたら予想より悪かった。鳥羽のフェリー乗り場に着くとまさかの全便運休。おおお…途中HPみたときは通常運航になってたじゃん!と言っても早朝からHP更新する係のひとがいるとは限らないしどっちにしろ動かない事態が解消するわけではない。
神島行きの次の便は10:45。それまでに回復するかもしれないけどここで3時間待っているのは無駄だ。そこで思いついたのは鳥羽からバスが出ている漁港、石鏡町まで行って戻ってくる作戦。しかし石鏡町までそこそこ距離があるので、時刻表を調べたが石鏡町にいられるのは40分しかない。さすがに40分で石鏡町を巡ることは不可能だし、たいがい慌ててる自分でもそこまではやらない。
仕方なく固唾を呑んで運行表を眺めていると女神が微笑みました。霧が晴れてきたので8:10の坂手島行きより運行開始することに!!その船に乗れば1時間20分は坂手島にいることができます。坂手島は島も小さいけど集落もだいたい1箇所に集中していて、2時間あれば全部いけるし、再訪なのでちょい巻きで巡れば行けるでしょう。
ということで8:20に坂手島に着いたんですが、今度は雨が強くなってきた。天気予報では今日は朝から晴れだといっていたのに…
まあでも雨の日は雨の日の階段を見れると思って階段巡り開始。島はこの日がまさに桜が満開となっていました。
雨にけぶる坂手島、やっぱ雨も味わいがあっていいね。坂手島は鳥羽から船で10分と近距離にあるので通勤する人が多く、島だけど観光的要素はかなり少なく、住むための島、という感じのところ。しかし鳥羽が近いゆえに買い物は鳥羽でする人が多く、島内には商店が少ない(1軒しかないかもしれない)。
ところで前回きたときは気が付かなかったんだけど、坂手島の階段には白線が引かれている。階段の白線といえば長崎名物だけど、長崎をお手本にしたんだろうか? 他の鳥羽の島では白線は引かれていない。
また、坂手島では網や長靴といった漁師グッズを見かける頻度が低い。これは漁師人口の割合が低いからだろう。
対岸には鳥羽のリゾートホテルが並ぶ。坂手島がどれだけ陸に近いかわかるだろうか。橋をかけるという話もあるそうだけど、島好きとしては橋がかかったらちょっと寂しいねえ。でも坂手島は観光を売りにしてるわけじゃないから通勤してる住人は橋欲しいだろうね。
島の学校は既に廃校。
島には2軒理容室がある。鳥羽までのアクセスの良さを考えると島内に2軒もあるのはちょっと驚き。
最後はかなり駆け足になったけどなんとか1時間20分で巡りました。本当は島の上のほうにあるあやめ池も見に行きたかったけど時間ないし雨降ってるしで今回は断念。また次の機会に。
そして一旦鳥羽に戻ってきて10:45の神島行きの船を待ちます。空もかなり明るくなってきた。雨はもうほとんど降っていない。写真中央に見える島が神島。鳥羽からだと途中答志島に寄って40分。
神島に着きました。神島は言わずと知れた三島由紀夫「潮騒」の舞台となった場所。まあ逆にそれしかメインとなるものがないのでかなりプッシュされていますw
離島名物、ナンバーのない軽トラ。このあと実際に島を走ってるところを見…((
天候が回復基調とはいえまだ曇ってるので先に島を回ってくることにした。
神島の集落は完全に北西に固まっています。南に小中学校があり、西に監的哨跡と神島灯台がある。ぐるっと回るのにだいたい1時間位。この日何度か中央の山の方に足を踏み入れてみたけど、中央を東西南北に横切る山道も存在しているみたいだった。
道の途中(島西部にある池の近く)にある階段を降りてみたところ門跡があり、みてみると神島中学校と書かれている。中学校まではまだ距離があるし、どうやら中学校は昔ここにあって、移転したようだ。わずかに建物の基礎は残っていたけど建物自体は存在していない。
なんらかの養殖場ぽい跡地。上から中を覗こうとしたら畑作業をしてる人がいてびびった。向こうも驚いただろうけど。
神島小中学校の横にある電子基準点。これがGPSの基準になってるそうです。それはわかったけど、なぜ神島に置かれることになったのかが不明。
島の南部にあるカルスト地形。ここを降りて向こう側に回り込むと鍾乳洞があるそうですが、行くのはかなり危険とのこと。
カルスト地形から15分〜20分ほど歩いたところで監的哨跡に出ます。ここの間はほぼひたすら山道の登りなのでけっこうきつい。監的哨跡は特に立入禁止にはなっておらず、上に登ることができます。そしてすぐ向こうには伊良湖岬が見える。
神島灯台の桜はもう少し葉桜になりかけてた。そしてここで初めて観光客に出会ったのですが、この日他にみかけなかったので、もしかしたらこの日の神島の観光客は自分とこの方の2名なんてことは…w
やっと神島漁港のほうへ戻ってきました。こっちのほうは桜が満開。風が強くなってきたけどまだ咲いたばかりで花がしっかりしてるので花びらはほとんど舞っていない。
ここに見えるのが神島の集落のほぼ全景。海の向こうに見える島は答志島。
僅かな違いなのでわかりにくいと思いますが、坂手島と比べると路地が少し狭く、神島のほうが密度が高い。
洗濯場。神島は今は本土から導水されているけどそれ以前は度々渇水に見舞われ水には苦労したそうだ。溜池なら作れるだろうけど、飲料水となると難しいもんなあ。
神島の定番撮影スポット、時計台。かつては島で唯一の時計だった時代もあったとか。
ちなみにこの時計SEIKO製なんですが、裏から見るとケーブルが伸びていて太陽光発電になっています。さらに太陽電池の部分をよーくみるとアンテナがついてるっぽい。なのでこの時計、電波時計なんじゃないかな?意外にハイテク。
おそらく現在島で唯一の商店、橋本商店。カップラーメンにお湯を入れてくれるし箸もついてきます。アイスやお酒もある。前回も春先にきてノリでアイスを食べたらめっちゃ寒かった。青果生鮮はかなり少ない。この日は日曜だけどやっていたな。平日休みだろうか?
桜は綺麗に咲いてるんだけど、どうもうまく撮影できるスポットがなくて構図に苦労する。これもイマイチだなあ…
集落の下の方には廃墟はほとんどないが、上の方に廃墟が集中している。
地図には載ってない山道を通る。海の向こうに知多半島と篠島が見える。篠島も階段の多い素敵な島。この辺でかなり風が強くなってきて、船が出なかったらどうしようという不安が頭をもたげる。結果的に問題なく出たけど、島に行くときはそういうリスクはありえます。島によっては宿泊施設がないので船が欠航になったときは待合室を使わせてくれることもあるとか。…むしろそんな状況に遭遇したいw
神島のメイン宿泊施設山海荘裏の階段。長さ、狭さ、急さがたまらない。
おそらく今はもう営業してないんじゃないかと思われる電気屋さんですが…
15:05 店内の時計はきっちり時間を合わせて動いてました。
電気屋さんの横から降りる階段を三連発。ああーたまらんーーー。2枚めの緑の暖簾の家は地図上では藤兵衛屋という商店になっていたのでガラス戸から中を除いてみたところ確かに手打ちのレジは置いてあったけど、ひとり暮らしの台所かと思うくらいしか野菜が置いてなかった。たぶんもう営業はしてないんじゃないかな? いやそれともそれでもやってるという離島マジックがあるのだろうか。。。
最初の予定では8:20に着いて11:35の船で戻る3時間コースだったけど、11:25に着いて15:50分の船で戻る4時間半になって正解だった。3時間だと集落は巡れるけど島1周するのはできなかったかもしれない。朝は雨だったしね。神島も2回目だけど、前回より遥かに密度の濃い時間を過ごすことができた。今まで行った島では一番好きだなあ。またこよう。
さて神島を離れると、乗った船は鳥羽に戻る前に菅島に寄るのでそこで降ります。菅島は循環便とは別に直行便もあるのでそれに乗れば菅島に1時間だけいられる計算。菅島自体は大きいんだけど集落は固まっているし、階段の数も少ないので1時間もあればいけるはず。
菅島の集落はだいたい海に面しておらず、山に向かって伸びた谷戸状の谷間に集落がある。そしてその谷戸から谷戸へ渡る道に階段がある、という形。神島と坂手島が典型的な島の漁港のスリバチ形状集落なのと比べると同じ鳥羽の島でもはっきりとした違いが存在している。
地図をみると北西から南東にかけて道が5本ほぼ平行に伸びているのがわかりますよね。
そして谷戸の一番奥深くに理容室があった。こういう離島ではそこで散髪するのはほぼ島民に限られるので、表通りに面している必要がないのだ。…自分の友人の離島散髪マニアはこの店で散髪したらしいですが。そしてGoogle Mapsをみるとこの理容室の裏手に日誠屋というたこ焼き屋があることになっています。いやいや、さすがにそんなわけはない。理容室はともかくたこ焼き屋という汎用的ではない飲食店は多少は島外の人間を意識するわけで、こんな奥地にはない。Google Mapsはよく場所を間違えますからね。しかし報告するにしても念のため確認は必要だ。
入っていってみると…ほらね、完全に民家だ。奥に倉庫があるだけ。
ん…?
たこ焼き日誠屋あったーーー!!これは驚愕ですね。島の細い路地を入っていって民家の軒先を通ってトタンの小屋に入ってその奥にあるたこ焼き屋さんて。日本一場所がわかりづらいたこ焼き屋の称号を与えたいです。残念ながらこの日は丁寧にも休業日と書かれていました。
谷戸から谷戸へと渡る階段。
菅島はなんと現役の商店が4軒もあった。しかもほぼ一箇所に固まってw このように生鮮食品も売ってるし、唐揚げや焼き鳥まであった。これは住めますね!(住んでます) 唐揚げを買って小腹を満たした。
1時間しかなかったのであんまりディープな巡り方はできなかったけど菅島楽しかったな。17:20の船でまた鳥羽に戻ります。そして17:55の便で最後の目的地答志島へ。答志島は島の中で唯一天然温泉があるのです。それに入ってから帰ろうという魂胆。
答志島の美しい日没…ですが答志島で撮った風景はこの1枚のみ。なぜなら18:15に着いて温泉に入って18:50の最後の船で鳥羽に戻らないといけないからですw
答志島の寿々波という温泉は日帰り入浴ありでした。鳥羽温泉郷のHPでは日帰り入浴は18時までと書かれていたけど、電話して18時過ぎるが入れてもらえないか、と聞いたら普通にOKでした。ただ泊まるところはあるのか、と心配された。そりゃ普通は18時過ぎにきて18:50の船で帰るとは思わないだろう。600円と良心的なお値段だけど見晴らしのいい展望風呂で気持ちよく汗を流し今日一日の疲れを癒やすことができました。
ちなみに答志島はこの温泉のある和具、答志から離れた所に桃取という集落があるのですが、そこにはまだ行ったことがないんですよね。階段は少ないと思いますが地図を見るに坂は良さそうだし、次来たときは必ず桃取に行こうと思う。
そして19時に鳥羽に戻り、名古屋で23時の夜行バスに乗るまでまだ時間に少し余裕があるので夜の鳥羽階段巡りをしていましたw おかげで晩ご飯食べる時間なくなっちゃったけどね!いい具合に疲れたので帰りの夜行バスは東京に着くまでほとんど熟睡してたよ。
というわけでかなり無理矢理なスケジュールだったし変更もあったけどなんとか4つとも島に行くことはでき、温泉も入って大満足な1日でした。しかしこれから神島に行くひとがいたら、ぜひとも他の島にも足を伸ばしてみることをお勧めします。
2017年4月20日木曜日
2017年4月12日水曜日
2017-04-02 勝浦 行川 安房鴨川 太海
青春18きっぷが1日分残っていたので房総半島の鴨川方面にいってきました。前から房総半島一周はやってみたかったのです。
最寄り駅の始発に乗って、新宿→御茶ノ水→千葉→勝浦とわりと乗り換え少ない。選べば新宿→千葉→勝浦でもいけるようだ。房総近いな。
さて勝浦駅からちょっと歩いた所にある斜面にかけられた階段。自分は地形そのものの上に作られた階段が好きなんだけど、あまりに急斜面であるためこうやって歩道橋的な階段を作るというのもなかなか楽しげですね。
階段の上から崖を眺める。勝浦はだいたいこういう崖が入り組んでいる。あまり房総は目立ったリアス式海岸ではないけど、海面が10mくらい上昇したらこのあたりも立派なリアス式海岸になるだろう。
勝浦は人懐っこい猫が多かった。猫好きにもお薦め。
この隧道がちょっと不思議で、多分30年くらい前に作られたものなんだけどけっこう長くて100mくらいはある。ところが横を幹線が通ってるし、そこまで必要なトンネルとも思えない。途中で分岐してその上に小学校があるので、通学路として作られたものという可能性が最も高いけど、それにしてもお金かけたなあという感想である。
赤線がトンネルの位置。勝浦は入り組んでいるのでどうしてもトンネルを通さざるをえない箇所がいくつもある。そうすると「じゃあここもトンネルにすればいっか!」となるっていうのはまあよくある話だ。長崎の階段なんてかなりその傾向があって、他の地域だったらここは階段にしないだろうなーと思うところも階段になってたりする。こういうものはある意味惰性があるのかもしれないw
勝浦は開けた土地は少ないけどかといって斜面があまりに絶壁なので家が建てられず、崖の下と崖の上に家があり、そこを階段がつなぐ、という形になっている箇所が多い。
丘の上は最近建てられたマンションが多い。
津波避難場所の表示に坂の名前が書かれている箇所がいくつかあった。表示のないところも、坂の名前があるのだろうか。
この地区は三方を山に囲まれ、一方は海。トンネルまたは船でしかアクセスできない。勝浦の中でも特に津波に警戒する必要がある地区だろう。
切り通し。
切り通しの上にある民家の庭先には防空壕があった。他にも数カ所で防空壕をみかけた。多分もっともっとあるんだろう。
11時近かったがまだ朝市をやっていた。カツオとサザエの串を食べた。もう冷えかけてたからあんま美味しいというほどではなかったw
次にやってきたのは行川アイランド駅。レジャー施設の行川アイランドはかなり前に廃業しているので駅名だけが残っている。
廃校になった行川小学校。
行川は多分人口200人か300人位。まあ島と違って幹線も通ってるからそんなに田舎という感じはしない。特に釣りで人気があるみたいだった。
さて行川アイランド駅まで戻って今度は反対側に歩いたところにある「おせんころがし」にやってきました。おせんころがしの伝説はいろんなバージョンがあるんだけど、大概おせんという女が投げ殺された、身投げした、というもので悲劇であるわけですが、さらにここではおせんころがし殺人事件という実際の事件もあり、それがまたかなり凄惨で犯人は2回死刑判決を受けたそうだ。内容があまりにアレなのでここでは書かないけど、ううむ、というしかない。
Gear360で撮影。棒をせいいっぱい伸ばしてみました。
おせんころがしの隣にある大沢地区。ここは民家が20軒ほどのかなり小さな集落。他の地域とそこそこ離れているので隔絶感があります。ただGoogle Mapsでは道が描かれてないけど、写真を撮っているこの階段は山の上まで続いていてその先にまた別の集落がある。地図に載っていてしかるべき道だと思うけどなぜ載っていないのかは不明。
最後に安房鴨川にやってきました。駅から階段のあるところまではそこそこ歩く。だいたい写真奥に見える背の高いビルがあるあたりが駅。
鴨川あたりはリアス式海岸の南端近くで入り組み方が少し大人しい。そのせいで階段の上から見える景色も多少ゆったりしている。
そして最終目的地の太海、仁右衛門島までやってきた。仁右衛門島は千葉県最大の島だけど個人所有なので入島料がかかる。島の中にも階段はあるみたいだけど、一般に開放された階段が階段巡りの対象なので島には渡らず対岸の段上から島を眺めます。
でもこのあたりの階段がこの日一番よかったかな。仁右衛門島に行かれたときはぜひ対岸の路地に注目してみてください。こういう細い路地にも案内板があったので、この地域は路地歩きを推奨しているみたいだ。
そして銭湯はないけど民宿が日帰り温泉をやっていたのでそこに入って、太海駅で電車に乗った。太海駅だとまた勝浦方面に乗って外房線使ったほうが早いんだけど、まだ時間もあるしあえて館山方面に乗って内房線を使って帰りました。
ちなみに安房鴨川〜太海間は徒歩で移動したので一駅分だけ外房線を完乗していない。乗り鉄にとってはありえない行動だと思うけど、自分はローカル線を移動手段として使うのは大好きでも乗ること自体は目的ではないので数駅歩いて完乗してないというローカル線がいっぱいあります。
今日のアルバム。
https://goo.gl/photos/s6JnZtNxvMKgoyGd8
勝浦〜太海間の階段の位置。この全部に行ったわけではないです。
最寄り駅の始発に乗って、新宿→御茶ノ水→千葉→勝浦とわりと乗り換え少ない。選べば新宿→千葉→勝浦でもいけるようだ。房総近いな。
さて勝浦駅からちょっと歩いた所にある斜面にかけられた階段。自分は地形そのものの上に作られた階段が好きなんだけど、あまりに急斜面であるためこうやって歩道橋的な階段を作るというのもなかなか楽しげですね。
階段の上から崖を眺める。勝浦はだいたいこういう崖が入り組んでいる。あまり房総は目立ったリアス式海岸ではないけど、海面が10mくらい上昇したらこのあたりも立派なリアス式海岸になるだろう。
勝浦は人懐っこい猫が多かった。猫好きにもお薦め。
この隧道がちょっと不思議で、多分30年くらい前に作られたものなんだけどけっこう長くて100mくらいはある。ところが横を幹線が通ってるし、そこまで必要なトンネルとも思えない。途中で分岐してその上に小学校があるので、通学路として作られたものという可能性が最も高いけど、それにしてもお金かけたなあという感想である。
赤線がトンネルの位置。勝浦は入り組んでいるのでどうしてもトンネルを通さざるをえない箇所がいくつもある。そうすると「じゃあここもトンネルにすればいっか!」となるっていうのはまあよくある話だ。長崎の階段なんてかなりその傾向があって、他の地域だったらここは階段にしないだろうなーと思うところも階段になってたりする。こういうものはある意味惰性があるのかもしれないw
勝浦は開けた土地は少ないけどかといって斜面があまりに絶壁なので家が建てられず、崖の下と崖の上に家があり、そこを階段がつなぐ、という形になっている箇所が多い。
丘の上は最近建てられたマンションが多い。
津波避難場所の表示に坂の名前が書かれている箇所がいくつかあった。表示のないところも、坂の名前があるのだろうか。
この地区は三方を山に囲まれ、一方は海。トンネルまたは船でしかアクセスできない。勝浦の中でも特に津波に警戒する必要がある地区だろう。
切り通し。
切り通しの上にある民家の庭先には防空壕があった。他にも数カ所で防空壕をみかけた。多分もっともっとあるんだろう。
11時近かったがまだ朝市をやっていた。カツオとサザエの串を食べた。もう冷えかけてたからあんま美味しいというほどではなかったw
次にやってきたのは行川アイランド駅。レジャー施設の行川アイランドはかなり前に廃業しているので駅名だけが残っている。
廃校になった行川小学校。
行川は多分人口200人か300人位。まあ島と違って幹線も通ってるからそんなに田舎という感じはしない。特に釣りで人気があるみたいだった。
さて行川アイランド駅まで戻って今度は反対側に歩いたところにある「おせんころがし」にやってきました。おせんころがしの伝説はいろんなバージョンがあるんだけど、大概おせんという女が投げ殺された、身投げした、というもので悲劇であるわけですが、さらにここではおせんころがし殺人事件という実際の事件もあり、それがまたかなり凄惨で犯人は2回死刑判決を受けたそうだ。内容があまりにアレなのでここでは書かないけど、ううむ、というしかない。
おせんころがしの隣にある大沢地区。ここは民家が20軒ほどのかなり小さな集落。他の地域とそこそこ離れているので隔絶感があります。ただGoogle Mapsでは道が描かれてないけど、写真を撮っているこの階段は山の上まで続いていてその先にまた別の集落がある。地図に載っていてしかるべき道だと思うけどなぜ載っていないのかは不明。
最後に安房鴨川にやってきました。駅から階段のあるところまではそこそこ歩く。だいたい写真奥に見える背の高いビルがあるあたりが駅。
鴨川あたりはリアス式海岸の南端近くで入り組み方が少し大人しい。そのせいで階段の上から見える景色も多少ゆったりしている。
そして最終目的地の太海、仁右衛門島までやってきた。仁右衛門島は千葉県最大の島だけど個人所有なので入島料がかかる。島の中にも階段はあるみたいだけど、一般に開放された階段が階段巡りの対象なので島には渡らず対岸の段上から島を眺めます。
でもこのあたりの階段がこの日一番よかったかな。仁右衛門島に行かれたときはぜひ対岸の路地に注目してみてください。こういう細い路地にも案内板があったので、この地域は路地歩きを推奨しているみたいだ。
そして銭湯はないけど民宿が日帰り温泉をやっていたのでそこに入って、太海駅で電車に乗った。太海駅だとまた勝浦方面に乗って外房線使ったほうが早いんだけど、まだ時間もあるしあえて館山方面に乗って内房線を使って帰りました。
ちなみに安房鴨川〜太海間は徒歩で移動したので一駅分だけ外房線を完乗していない。乗り鉄にとってはありえない行動だと思うけど、自分はローカル線を移動手段として使うのは大好きでも乗ること自体は目的ではないので数駅歩いて完乗してないというローカル線がいっぱいあります。
今日のアルバム。
https://goo.gl/photos/s6JnZtNxvMKgoyGd8
勝浦〜太海間の階段の位置。この全部に行ったわけではないです。
2017年3月28日火曜日
2017-03-20 青春18きっぷ飯田線沿線階段巡りの旅(3日目)平岡〜飯田
二日目の夜は小和田駅につぐ秘境駅、田本駅で過ごしました。秘境駅ランキングでは小和田駅のほうが上ですが、曲がりなりにも木造のちゃんとした駅舎のある小和田駅に対し、田本駅の駅舎は屋根のある小さな小屋なので駅寝としては田本駅のほうが少しハード。
集落に出るまで1時間近くかかる(しかも出たところも林道)という小和田駅と違って田本駅は15分でそれなりの車道に出るので、やっぱり小和田駅と田本駅では秘境駅度に隔たりがあるかなあ。ただ田本駅は普通電車がけっこう止まりません。それに対し小和田駅は各停がちゃんと停まる。それによって田本駅のほうが来づらい、というのはあると思う。実際平岡駅に行くのに田本からだと7時過ぎにならないと電車がない。
実は前日の夜電車の乗り換えで平岡駅に降りたとき時間があったので少し散策をして階段の目星をつけておきました。この地域はGoogle Mapsにおいて地図が詳細ではないので階段の位置がわからず、衛星写真と勘で階段の位置を推定していただけだったのです。しかも乗り継ぎの関係で平岡にいられるのは1時間ほど。車内で準備をして、電車を降りた瞬間に小走りで階段巡りを始めましたw この階段は国道沿いなのでストリートビューで見つけていた階段。でもストビューだと右側に商店があってそれがとてもいい感じだったのですが、残念ながらすでに取り壊されてしまっていた。
平岡駅周辺で最も素敵な階段。梅が横切っています。この階段は平岡発電所が建設されるときに資材を運搬するために作られた道で、インクライン、略してインクラと地元では呼ばれているそうです。と、案内には書いてあったけど、本当に今でもインクラって呼んで通じるのか、自分はちょっと疑っていますw
インクラを上から見ると、天竜川にかかる平岡橋も一直線に並んでいることがわかる。
ちなみに前日の夜歩いたとき平岡発電所前の広場に提灯がいっぱい吊るされていたけど、誰もおらず、ただちょうちんだけが揺れているという相当にシュールな光景だった。桜まつりの準備かもしれないけどこの地域に桜が咲くのはまだかなり先だと思う。。。
探したらもうちょっとは階段見つけられるとは思うんだけど、とにかく時間がなかったため切り上げ!でも大物は見つけられたと思う。またいつか来よう!
そして今回の旅の最終目的地、飯田へやってきました。今までの秘境感は一気に消え去り、もう大都会ですね。久しぶりにコンビニを見つけて写真撮ってしまったw 天竜峡より北部は天竜川の隘路となっている区間と違って、中央アルプスと南アルプスに挟まれた細長い盆地に河岸段丘が形成されている地形。写真を撮っているのが飯田市街地のある台地上で、下に松川という天竜川の支流が流れ、その向こうにも台地の崖線が見えています。
飯田線はこの飯田で大きくカーブを描いて市街地へ入っていくのですが、このカーブが俗にΩカーブと呼ばれたりします。そして先の写真の対岸にある下山村駅から伊那上郷駅まで電車は駅に停まりながら6kmを走るのに対し道路は2kmなので、下山村駅から伊那上郷駅まで走ってまた同じ電車に乗る、下山ダッシュが行われることになるのです。自分も興味はあるけど今回はそこまでの時間の余裕はない…
あと下山ダッシュは元々飯田高校の生徒が遅刻を回避するために生み出されたと言われているけど、現在の時刻表では下山ダッシュすることで遅刻を回避できるような時間に電車が走っていないので常態としては行われていないと思われます。あくまで好事家のイベントでしょう。
しかし見事な階段と民家、風景の組み合わせ。
追手町小学校前の陸橋から。情操教育にもってこいですね。
飯田城跡を突き抜けて台地の逆側に出ました。こちらは目立った川ではないですが小さな川が流れていてそのまた向こうに別の台地があります。
東栄町から飯田台地の先端(いわゆる塙)を眺めたところ。台地が2つの川に挟まれていて、先に城郭跡があるというのは金沢と同じ地形ですね。金沢城が位置する所に、飯田の場合は旅館が建っています。
しかしこちら側の台地間の迫り具合はなかなかよかった。下の川が小さいので、河川敷などはなく民家が密集しています。
いい階段ですねえ。
2つの台地を形成した川も、今では地図に名前が載っていないほど小さなものに。
主税町の階段。町名からわかるとおり、飯田の中心地です。しかしこのひっそりとした感じが裏路地っくでいいですね。
最後にラーメンか何か地元っぽいものを食べて行きたかったのですが、飯田でも4時間がっつり階段を巡って最後はけっこう慌てていたのでスーパーで普通のお弁当を買って飯田線の中で食べることになった。まあそれも自分らしいか…
3日間かけて飯田線沿線の階段群を南から北へと辿ってきましたが、それは日本列島の形成から有史以前の人間の生活、江戸時代、明治以降の近代化、そして現代の街へと繋がる非常にダイナミックな歴史を感じさせてくれる旅でした。階段は人間の生活の歴史である、というのがいつもの自分の主張ですが、まさにそれを表している地域といえます。ありがとう飯田線、また来るよ!
ところで駅構内で火気は使えないので、温かいものを摂るためには別のところでお湯を作って持ってくる必要があります。自分は前日に乗り換えの平岡駅で電車待ちの2時間弱の間に駐車場でお湯を作って、モンベルのアルパインサーモボトルに入れてきました。このサーモボトル、値段はサーモスより安いけど性能はサーモス同等を謳っているのでこのときのために買ってきたのです。実際前日20時に入れたお湯が翌朝6時でも熱くて味噌汁作るには適温でした。
実は前日の夜電車の乗り換えで平岡駅に降りたとき時間があったので少し散策をして階段の目星をつけておきました。この地域はGoogle Mapsにおいて地図が詳細ではないので階段の位置がわからず、衛星写真と勘で階段の位置を推定していただけだったのです。しかも乗り継ぎの関係で平岡にいられるのは1時間ほど。車内で準備をして、電車を降りた瞬間に小走りで階段巡りを始めましたw この階段は国道沿いなのでストリートビューで見つけていた階段。でもストビューだと右側に商店があってそれがとてもいい感じだったのですが、残念ながらすでに取り壊されてしまっていた。
平岡駅周辺で最も素敵な階段。梅が横切っています。この階段は平岡発電所が建設されるときに資材を運搬するために作られた道で、インクライン、略してインクラと地元では呼ばれているそうです。と、案内には書いてあったけど、本当に今でもインクラって呼んで通じるのか、自分はちょっと疑っていますw
インクラを上から見ると、天竜川にかかる平岡橋も一直線に並んでいることがわかる。
ちなみに前日の夜歩いたとき平岡発電所前の広場に提灯がいっぱい吊るされていたけど、誰もおらず、ただちょうちんだけが揺れているという相当にシュールな光景だった。桜まつりの準備かもしれないけどこの地域に桜が咲くのはまだかなり先だと思う。。。
探したらもうちょっとは階段見つけられるとは思うんだけど、とにかく時間がなかったため切り上げ!でも大物は見つけられたと思う。またいつか来よう!
そして今回の旅の最終目的地、飯田へやってきました。今までの秘境感は一気に消え去り、もう大都会ですね。久しぶりにコンビニを見つけて写真撮ってしまったw 天竜峡より北部は天竜川の隘路となっている区間と違って、中央アルプスと南アルプスに挟まれた細長い盆地に河岸段丘が形成されている地形。写真を撮っているのが飯田市街地のある台地上で、下に松川という天竜川の支流が流れ、その向こうにも台地の崖線が見えています。
飯田線はこの飯田で大きくカーブを描いて市街地へ入っていくのですが、このカーブが俗にΩカーブと呼ばれたりします。そして先の写真の対岸にある下山村駅から伊那上郷駅まで電車は駅に停まりながら6kmを走るのに対し道路は2kmなので、下山村駅から伊那上郷駅まで走ってまた同じ電車に乗る、下山ダッシュが行われることになるのです。自分も興味はあるけど今回はそこまでの時間の余裕はない…
あと下山ダッシュは元々飯田高校の生徒が遅刻を回避するために生み出されたと言われているけど、現在の時刻表では下山ダッシュすることで遅刻を回避できるような時間に電車が走っていないので常態としては行われていないと思われます。あくまで好事家のイベントでしょう。
しかし見事な階段と民家、風景の組み合わせ。
追手町小学校前の陸橋から。情操教育にもってこいですね。
飯田城跡を突き抜けて台地の逆側に出ました。こちらは目立った川ではないですが小さな川が流れていてそのまた向こうに別の台地があります。
東栄町から飯田台地の先端(いわゆる塙)を眺めたところ。台地が2つの川に挟まれていて、先に城郭跡があるというのは金沢と同じ地形ですね。金沢城が位置する所に、飯田の場合は旅館が建っています。
しかしこちら側の台地間の迫り具合はなかなかよかった。下の川が小さいので、河川敷などはなく民家が密集しています。
いい階段ですねえ。
2つの台地を形成した川も、今では地図に名前が載っていないほど小さなものに。
主税町の階段。町名からわかるとおり、飯田の中心地です。しかしこのひっそりとした感じが裏路地っくでいいですね。
最後にラーメンか何か地元っぽいものを食べて行きたかったのですが、飯田でも4時間がっつり階段を巡って最後はけっこう慌てていたのでスーパーで普通のお弁当を買って飯田線の中で食べることになった。まあそれも自分らしいか…
3日間かけて飯田線沿線の階段群を南から北へと辿ってきましたが、それは日本列島の形成から有史以前の人間の生活、江戸時代、明治以降の近代化、そして現代の街へと繋がる非常にダイナミックな歴史を感じさせてくれる旅でした。階段は人間の生活の歴史である、というのがいつもの自分の主張ですが、まさにそれを表している地域といえます。ありがとう飯田線、また来るよ!
階段 is beautiful!
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